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『国文研究』掲載論文一覧(2001年〜2010年)

第55号(2010年4月)

川平敏文「肥後八代城主松井家と徒然草―近世極初期の扇面と屏風絵―」
大島明秀「「開国」概念の検討―言説論の視座から―」
村川夏子「〔講演記録〕村川堅固、堅太郎がのこしたもの」
半藤英明「〔資料紹介〕(紹介)東洋英和女学院所蔵「徳冨愛子」関連資料」
木山貴満「新渡西洋流砲術師池部啓太と熊本藩の洋式軍備化」
佐方章子「長瀬真幸『萬葉集佳調』の出版」
水俣真志「芥川龍之介「報恩記」論」

第54号(2009年4月)

鈴木元「『金谷園記』逸文輯綴」
布川純子「『自然と人生』―構成の意図―」
柿本加奈「高本紫溟の和学」
原岡佑里「六義考―『古今集』序の精神―」
小畑弥生「『国性爺御前軍談』小考― 一風・講釈・御前物―
「〔翻刻〕永禄九年閏八月十八日 肥後天草妙楽寺秀舜興行「何路百韻」」(再録)
木下泰臣「テイル形式の非アスペクト的意味―テイル形式の否定形を中心として―」
大山浩美「日本語学習者コ―パスのための誤用タグの構築について」

第53号(2008年5月)

稲川順一「苦沙弥先生の使った否定辞分析」
米谷隆史「延宝期より元禄期までの画引字書について」
川平敏文「〔翻刻〕徒然種講筵要集―享保の古典講釈マニュアル―」
湯谷祐三「真宗寺院に伝来する親鸞の伝記資料―下益城郡美里町恵照寺蔵『親鸞聖人御因縁』及び『御絵伝詳解』について―」
本田瑛子「和装本の修復と保存」
堀内実穂「熊本県立図書館木下文庫蔵『諸公卿画讃帖』について―近世前期の歌仙画帖―」
青木美穂ほか「〔翻刻〕永禄九年閏八月十八日 肥後天草住妙楽寺秀舜興行何路百韻」
田川恭識「熊本方言談話デ―タベ―スの構築」
馬場良二「ポルトガル語からの外来語」

第52号(2007年3月)

鈴木元「登尾豊先生御退任によせて」
登尾豊教授略歴/研究・著作目録
半藤英明「万葉集の「は」構文」
竹嶋麻衣「恋歌の伝来―但馬皇女と穂積皇子の恋―」
稲田奈緒美「副詞「一体」の歴史的変遷」
亀井涼子「八文字屋本の板木修訂―『逆沢瀉鎧鑑』『魁対盃』を中心に―」
川俣沙織「「は」の「対比」の用法に関する考察」
黒木邦彦「中古日本語におけるアスペクトとテンスの相関―主節とノチ節の考察から―」

第51号(2006年3月)

登尾豊「「幻談」考」
半藤英明「「て」の接続機能」
徳岡涼「花散里巻の中川女宿の垣根より」
大石隆三「肥後の連歌師桜井素丹」
川俣沙織「呼称「転位文」は必要か」
馬場良二「έποχή&bilingualism―待つこと、そして、見守ること」

第50号(2005年3月)

山本捨三「『国文研究』回顧」
小櫃万津男「小山内薫の翻案劇論争」
福田益和「『日本考』の諸問題」
山﨑健司「家持〈歌日記〉再読」
鈴木元「『名語期』断章」
川平敏文「兼好の深き心を察する者なし―土肥経平の思想構造―」
半藤英明「「しか」は係助詞か」
米谷隆史「両点本節用集の成立をめぐって」
山村美桜「只野真葛『独考』論―真葛は本当に女性解放の先覚者か―」
廣瀬麻矢「係助詞「も」の本質」
江口正弘「天草版平家物語の表記についての基礎的考察」

第49号(2004年3月)

山崎健司「〈庭尓落〉考―「落」の語の表現性をとおして―」
米谷隆史「高田政度の節用集をめぐって」
福間真由美「「東京は神田の生まれです」の構造」
髙沢美和「初級からの待遇表現教育」
田峻哲「現代日本語の使役文と受動文の下位分類での統一性について」
馬場良二「熊本県立大学文学部日本語教育課程について」

第48号(2003年1月)

山崎健司「防人歌群の編纂と家持―防人関連歌形成の契機―」
鈴木元「雑談と問答―『旅宿問答』私註―」
高島和美「今昔物語集における説話受容―本朝仏法史について―」
田川恭識「イントネ―ションと感情表現―文末詞「の」の機能とイントネ―ション―」

第47号(2002年3月)

半藤英明「徒然草に於ける「ぞ」と「こそ」の近似性」
川平敏文「慶長文壇と徒然草」
清本真澄「志賀直哉「范の犯罪」論」
濱崎隆「芥川龍之介研究」
小畑美奈恵・二田さち子・田川恭識・渕上裕子「年少者に対する日本語教育―春休みこども日本語教室の実践結果をもとに―」

第46号(2001年3月)

秋月大輔「『草枕』と『それから』―「非人情」/「自然」という理念―」
副島久美子「『こゝろ』―「先生」の生―」
田渕咲子「日本語長母音の拍知覚におけるピッチの役割」
川原賀代子「中世語りものにおける「ナラバ」」
福田益和「外国人の日本語研究―ツュンベリ―とポリワ―ノフ―」