リデルライト of しんすごかもん

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ハンナ・
リデル
エダ・ハンナ・
ライト

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―人生をかけて支えた女性たち―
ハンナ・リデル
1855年10月17日にロンドンで生まれました。
35歳のときに、日本・ 熊本(くまもと)に宣教師(せんきょうし) Doticon_red_Help.gifDoticon_red_Help.gifとしてやってきました。
本妙寺(ほんみょうじ) Doticon_red_Help.gifDoticon_red_Help.gifで花見をしたときに、ハンセン病Doticon_red_Help.gifDoticon_red_Help.gifの 患者(かんじゃ) さんを見て、彼女は 衝撃(しょうげき) を受けます。
そして一生をかけて、彼(かれ)らのために生きることを決めました。
40歳の時に、ハンセン病(びょう)患者(かんじゃ)のために回春病院(かいしゅんびょういん)を作りました。
政治力(せいじりょく)があり、国家(こっか)を動(うご)かす力を持(も)っていたとされていて、一度決定(けってい)したら、曲(まげ)げない意思(いし)をもっている女性(じょせい)でした。



エダ・ハンナ・ライト
1870年、ロンドンで生まれました。
ハンナ・リデルの姪(めい)で、26歳の時に日本にやってきました。
リデルの手助(てだす)けをし、リデルが死(し)んでしまうと回春病院(かいしゅんびょういん)の院長(いんちょう)になりました。

第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)がはじまると、スパイだと疑(うたが)われるようになってしまいます。
さらに日本人ではないという理由(りゆう)で、迫害(はくがい)(差別(さべつ))されるようになってしまいます。
1941年になると回春病院(かいしゅんびょういん)は無理矢理(むりやり)、解散(かいさん)させられてしまい、ライトは財産(ざいさん)を取られ、日本から追(お)いだされてしまいます。
戦争(せんそう)が終(お)わると、オーストラリアから日本に戻(もど)ってきて、回春病院(かいしゅんびょういん)があった場所でひっそりと暮(く)らしました。
ライトは、小柄(こがら)でおとなしく静(しず)かで、声(こえ)の綺麗(きれい)な女性(じょせい)でした。

写真(しゃしん)

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IMGP0922.JPGリデルライト両女史記念館。
IMGP0923.JPG二人の功績をたたえた石碑。

IMGP0909.JPG大きなトランク。中には当時の新聞がまだ入っています。
IMGP0897.JPGライトが使っていた椅子。まだ綺麗に残っています。